北海道:道南方面で遠投大好きなオヤジです。  こじんまりとした釣りクラブの代表なんてしてたりして (=^_^=) ヘヘヘ  
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2009年02月05日 (木) | 編集 |
北海道の移住とニシンとは、切っても切り離せない関係にあります。
このせたな町もその一つで、
かつてはニシン漁で栄えた土地でもあります。
せたなの由来は、
アイヌ語の「セタルシュペナイ」(「犬の川」の意味)が、
略されて「セタナイ」(「犬の沢」の意味)になり、
さらに転訛して「セタナ」となったそうです。

map[1] せたな町の地図

つい最近ですが、全国ネット某TV番組でも紹介された、
約550年の歴史がある太田山神社があり、
内容は、参拝がもっとも難しい神社として紹介されてました。
IMGP1058.jpg 太田山神社
その他にも、同じく全国ネット某TV番組で紹介され、
堂々の1位を獲得した親子熊岩もせたな町にあります。
oyakokumaiwa[1] 親子熊岩
ginko[1] 荻野吟子顕彰碑
日本初の女医として有名な荻野吟子も、
せたなに診療所を開いて住んでおりました。

荻野吟子について、
1890年(明治23年)、キリスト教や理想社会を求める互いの熱意に共感し合って
幸せな新婚生活であったのも束の間、夫の之善(志方之善(しかたゆきよし))は
キリスト教徒の理想郷をつくるという信念から北海道へ渡る決意を吟子に告げる。
1892年(明治25年)にイマヌエル(今金町のある一地域)へ渡った。
北海道の密林と原野を開拓して理想郷を創造するというこの仕事は、
実際には困難を極めた。さまざまな経緯はあるが、
結果的には之善の試みは挫折に終る。
吟子は海辺の瀬棚に移転して合津町で診療所を開業する。
(Wikipediaより抜粋)

余談ですが、実は嫁の実家より数キロ離れた場所に、
荻野吟子の最初の住居があったそうです。
この一地域の半分以上の住民はキリスト教信者だそうです。
教会を建てる時、山から切りだした木を製材したのが、
嫁の祖父だったそうです。
IMGP1630.jpg IMGP1632.jpg
IMGP1633.jpg IMGP1635.jpg 神丘の跡地

◆ニシン漁の栄華 もう一度 稚魚6万匹放流へ 桧山支庁(2009/1/30)
【江差】桧山支庁が今後2年かけ、かつてニシン漁で栄えた江差町などで
ニシンの稚魚計6万匹の放流を計画している。
道内では、先行して稚魚の放流を進めている
後志管内以北の日本海で漁獲がよみがえっており、
1913年(大正2年)の豊漁を最後に群来(くき)が途絶えた
桧山の浜でもニシン復活を目指す。
ニシン放流は桧山では初めて。
支庁の独自事業として2009年度は江差、上ノ国、乙部、
10年度は八雲町熊石、せたな町大成区、同瀬棚の計6地域で、
それぞれ体長6㎝程度の稚魚1万匹を放す。
実地は6月ごろの予定。
日本海へのニシン放流は、道が1996年から
「日本海ニシン資源増大プロジェクト」
として石狩、留萌、宗谷管内などで実地しており、
昨年からは積丹半島以南の後志管内泊村にも拡大した。
桧山も数年後の放流開始が検討されているが、
桧山支庁は低迷する管内漁業への対策として、
独自に放流を始めることにした。
このため、放流数は同プロシェクトの年間約200万匹に比べると小規模。
道立中央水試(後志管内余市町)によると、
これまでの標識放流の試験結果から、放したニシンが2年後以降の1%前後。
600匹しか戻らない計算で、サケほど厳密に同じ場所にも回帰しないという。
ただ、ニシンは寿命の7歳魚程度まで繰り返し産卵するため、
支庁水産課と中央水試は、
「戻ってくるニシンを大切にすれば、資源増大につながる可能性はある」
と期待。
同プロジェクトの本格放流までに、効果を確かめるのも狙いだ。
日本海のニシン水揚げ量は、
石狩管内などで放流が始まる96年までは年間数トン止まりだったが、
放流後は一気に百トンを越え、昨年は770トンだった。
桧山管内では偶発的に網に掛かる程度で、漁獲はほとんどないという。
かつて桧山で漁獲されたニシンは、サハリンまでを生息域とする
「北海道・サハリン系群」とされるが、
今回放流するのはもともと石狩湾から留萌管内周辺を回遊する
「石狩湾系群」で、産卵時期が1月~4月と早いなど生態に違いもある。

時々ですが、迷いニシンが小アジや小サバの群れの中にいるそうです。
それを狙って、晩秋には地元のじっちゃん達が、
サビキ釣りで釣り上げているのを何度か見たことがあります。
この放流事業によって、
もう一度、このせたなの浜にも活気が戻るといいですね。

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コメント
この記事へのコメント
ダッシュで駆け上がって下さい(笑)
こんばんは、ドラム缶さん
そうですか、若いから大丈夫だと思ったんですが、無理なようなので、
じゃー43mダッシュでお願い致します(大爆)
2009/02/07(Sat) 21:51 | URL  | ひろし。。。 #-[ 編集]
あの階段を兎跳び!
無理です!
あの急勾配の階段でやったら、丸い体形の私なら、途中でこけたら海まで転がって行ってしまいます!
2009/02/06(Fri) 21:06 | URL  | ドラム缶 #-[ 編集]
太田神社の階段をウサギ跳びで
こんばんは、ドラム缶さん
ぜひ、SCの足腰の強化のタメに、巨人の星ばりにウサギ跳びで階段を登って下さい(爆) 
魚が増える事は良い事なので、早く軌道に乗るといいですね。
2009/02/06(Fri) 20:51 | URL  | ひろし。。。 #-[ 編集]
初めまして
こんばんは、若山さん
初めまして、ようこそおいで下さいました。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。
今回、この放流という事業の運びに至る10年前に、そのような先達の方々が苦労されていたんですね。 プロジェクトXではないけれども、計画が開花する陰には決して陽の目をみない倒れていった努力というものがあるんだなぁ~と感慨もひと潮です。
2009/02/06(Fri) 20:46 | URL  | ひろし。。。 #-[ 編集]
話のネタに参拝を
こんばんは、ボナさん
俺もボナさんを見習って、イワシの子は釣らないようにしますね。
与作さんに神社までの道のりを書きましたが、ぜひ、一度話のネタとして参拝してみてはいかがでしょうか。 きっと御利益があると思いますよ(笑)
2009/02/06(Fri) 20:43 | URL  | ひろし。。。 #-[ 編集]
太田神社
こんばんは、与作さん
太田神社は誰でも参拝できます。(女人は禁止だったような気がしますが)
急勾配の石段を登り(43m)、そこからロープ沿いに山道(ガケの淵)を歩くと (この時点で103m)、100m先に岩崖の下に地蔵があり、さらに100m近く登ると女人堂があります。ここまでの距離は、358mとなります。
険しい山道が続き、勾配がきついためロープを掴みながら登ります。
さらに歩くと、本殿の鳥居が見え、そこより進むと鉄の橋があり、幅1m、長さ16m、橋をわたると右下は谷底、左側の絶壁には鉄の鎖が見えます。 ここまでの距離は、669mです。
本殿のある岩穴の真下まで来たら、90度の絶壁から7メートル程の長さの鉄鎖やロープが下がっています。 これをつたって7メートル真上に登れば、小さな横穴に到着し本堂に辿りつきます。 ゴール地点で705mになります。
探検家の松浦武四郎が、安政3年に太田神社を参拝の手記に
「本殿まで辿る道のりを猿がよじのぼり、蟹が歩むが如く」と書き、
「オニカミノボリ」という言葉を残し、「鬼が神のように登る道」と表現したそうです。
登り30~40分、降り10~20分 くらいだと聞いていますので、ぜひ参拝してみてください。
太田神社の手前にある太田神社拝殿(トンネルを出るとすぐに左に曲がる)があり、太田神社拝殿横の崖に、安政4年(1857年)に建設されていた北海道有数の古さを誇る灯台「定燈篭」が、昭和63年に復元されて飾ってありますよ。
2009/02/06(Fri) 20:41 | URL  | ひろし。。。 #-[ 編集]
太田神社の階段は
凄いですよね!
釣会入りたての頃に神社前に入った時に下から仰ぎ見てました。
海藻の為の肥料投入と言い、鰊の放流も良い方に向かっていくと良いですね。
2009/02/06(Fri) 19:43 | URL  | ドラム缶 #-[ 編集]
にしん放流
 ブログを拝見しました。 にしん放流に期待を寄せられている様子を見て気軽に書き込みさせて頂きました。
 それこそ昔サハリン系のにしんで栄えた江差町の前浜に放流出来ないものかと考えておりました。北海道がサハリンから、にしんの稚魚を入手したことを受け、10年前に道庁水産部や試験場を何度も訪ね稚魚を何とか譲って欲しいと懇願したことがあります。
 サハリン系であり放流は難しいとの指摘や指導を頂きながら、当面は町民にサハリン系のにしんが水槽で悠然と泳ぎまわる光景を見せることで、昔を呼び起こし放流意識の高揚と運動展開を図りたいとの思いが強かった。
 絶対に譲れないとの壁を乗り越え数十匹の稚魚を何とか手にし、江差町役場のロビーに設置した水槽で2年半ほど飼育成長の経過があります。(新聞の報道)。
 夜中の停電で酸欠を起こし可哀そうなことをしてしまった懺悔の念が今もあります。放流の動きを知り大きな期待と関心を寄せております。
2009/02/06(Fri) 13:00 | URL  | 若山昭夫 #-[ 編集]
弘司さん、私も留萌のニシン場育ちなので、多くのニシン場が廃れていったのも見ていました。ニシンがもう一度群来するのが見てみたいですね。孵化して放流しているニシン子は、釣らないことにしています。若い頃、神社前の磯で釣りをして、大田神社の急な階段を途中まで登ったことが有りますが、神社はどうなっているのでしょうね、興味はあります。
2009/02/06(Fri) 11:07 | URL  | ボナ #-[ 編集]
こんばんは
ハイ、弘司さん

良い町にお住まいですね。
愚生、一度は釣竿片手に行ってみたいところです。

荻野吟子女史は愚生の尊敬する方です。

大田神社に円空作の彫り物があると伺っておりますが一般人には拝観可能なのでしょうか。

教えて下さいますか?

変な質問で済みませんデス。
2009/02/05(Thu) 23:01 | URL  | 与作 #-[ 編集]
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